心で感じ、行動しよう。
動かなければ
何も生み出せないから。
株式会社プリローダ/日本農業株式会社 大西千晶氏
様々な分野の著名人をお迎えする理事長奥田の対談シリーズ。第9弾にお迎えしたのは、株式会社プリローダと日本農業株式会社の代表を務められる大西千晶氏です。いわゆる「ゆとり世代またはさとり世代」にあたる大西氏は大学在学中、弱冠20歳で起業。自分のやるべきこととして選んだのは「農業」というテーマでした。なぜ今、農業なのか?大西氏が日本の農業に見出した可能性と、未来に向けた課題解決の手法について伺いました。
農業には、世界を変える力がある。
大西さんが手がけていらっしゃる事業について教えてください。
本学理事長:奥田
京都府と大阪府の自社農園、そして全国の提携農家とともに、農薬や化学肥料を使わない有機栽培の野菜や米を育て、卸販売しています。また、収穫した野菜で作ったスープの店舗運営・販売も行っています。
農業を始められたきっかけには、環境問題や貧困問題への課題意識があると伺いました。このようなことにはいつ頃から関心を持たれていたのでしょうか?
小学生の時、社会の教科書で2050年問題や食糧問題についてのページを目にしたことがきっかけでした。小学生ながらに2050年という未来がリアルに感じられ、「未来を考えていかないといけませんよ」という私たち世代へのメッセージを受け取った気がしました。以来、環境問題・貧困問題についての問題意識は持っていましたが、この頃はまだ、自分が農業をするとは思ってもいませんでした。
大学の専攻はどのように選ばれたのですか?
私が進学した神戸大学の発達科学部(現在は国際人間科学部)は、文理融合型の学部です。環境問題を扱えること、文理の枠にとらわれない学びができることに魅力を感じました。大学に入学してすぐに「まずは何かやってみよう」と思い、途上国へのボランティア活動に参加しました。学生がイベントを開催して売り上げを寄付する、というもので、寄付先のラオスに行き、小学校の開校式に参加したこともありました。しかし、現地で感じたのは「日本はこのまま経済大国として今の経済の発展を続けて、環境問題や貧困問題の根本的な課題解決になるだろうか?」というモヤモヤした想い。経済活動の活性化のために寄付を続けることには疑問がありました。
そんな中、京都で農作業のボランティアに参加する機会がありました。その時に初めて、今まで何となく食べていた野菜が、人の手によって生み出されていることを実感したんです。環境問題や貧困問題へのアプローチとして、「日本の農業にこそ可能性がある」と直感しました。農業の厳しい現状を知り、一刻も早く自分がプレーヤーにならなくてはと、様々な農家で農作業の経験を重ねていきました。
大西さんが農業で起業をされたのは20歳の時でしたね。
はい。本格的に農業に取り組もうと考え、大学3回生の時に起業しました。今思い返すと、怖いもの知らずだったと思います。農業はとても大変な世界なのに、すぐにはうまくいかないことすらわかっていませんでしたから。
起業して始めに行ったことは、農作業のボランティア仲間と一緒に畑を借りることでした。でも農地の借り方さえわからなかったので、不動産会社に方法を聞きました。農地の賃料は不動産会社を通しても年間2万円くらいで、借りた土地で作物を作って販売することで、徐々に農業の形ができていきました。しかし、1年ほど経った頃、近所の農家の方から「不動産会社から土地を借りていては農業者とはいえないよ」と言われたんですね。地域の中に入り、利用権設定をして、初めて農業者を名乗れるのだと。そんな初歩的なこともわからないままスタートしていたのです。
周りからはきっと「続かないだろう」「学生のお遊びだろう」と思われていたのでしょう。しかし、畑で真面目に野菜を作り、マルシェなどで販売しているうちに、少しずつ認めていただけるようになりました。農業の先輩方から色々な情報を教えていただき、「ここでやってみないか」とお声がけいただいて、自社の農地も持つことができました。
その後、野菜を使ったスープの製造・販売事業も立ち上げていらっしゃいますね。始めたきっかけは何だったのでしょう?
事業の構想を持ち始めたのは、農業を始めてから7年ほどが経った頃です。最初は野菜の流通の仕組みも知らず、とにかく市場に出せば売れるものと思っていました。しかし、それはとんだ思い違いでした。市場には、この時期に・この規格で・この値段で納品する、という明確なルールがあり、そこから少しでもずれた野菜は売り物にならなかったのです。自然で育つものにブレがあるのは当たり前なのに、経済の仕組みの中では、多くの野菜が廃棄されてしまう。何か解決策はないかと考え、出荷できなかった野菜をスープに加工することを思いつきました。形を問わないスープなら、収穫した野菜を無駄なく商品にできます。既存の流通に乗せられないのなら、自分たちで出口を作ろうと考えたのです。
多くの学生が企業に就職する中、起業の道を選ばれた。まわりの反対もあったと聞いていますが、それでも強い意志を貫き通したモチベーションはどこから湧いていたのですか?
起業の決意を後押ししてくれたのは、学生時代に参加した学生起業家の世界大会でした。マレーシアでのアジア大会を経て進出したアメリカ・ワシントンでの世界大会では、42カ国420名の学生起業家たちの中から優勝者が選ばれました。その大会に日本からは私を含めて2人しか参加していませんでしたが、他の国は最低でも5〜6人は参加していて、その意識の高さに驚いたからです。彼らの話を聞くと、「自分の国や社会をもっと良くしたい」という強い想いが伝わってきました。日本にいてはわからなかったけれど、世界では同世代がこれだけの想いを持って活躍している。その姿を見て「自分も行動するべきだ」と決断できました。
本当の豊かさとは何か、農業を通して問いかけたい。
大西千晶氏
日本経済の下降とともに、生活から様々なものが不足していくのではないか、と危惧(きぐ)しています。経済がどんどん傾いていく中で、今後も安全・安心な食物が、安定的に手に入るでしょうか?これだけ豊かな山や海、四季がある国なのですから、農業や漁業などの一次産業をしっかりと守らないといけないと感じます。
農業従事者は、この10年で100万人以上減っています。私が農業の現場に行って感じるのは、「野菜ひとつに、数百円では推し量れない価値がある」ということ。経済の指標では表せない豊かさに気付けるかどうかが、未来への分かれ道になるのではないでしょうか。将来、お金があっても食料が入ってこない状況になるかもしれない。「自分たちの命を作るものをどうやって未来に残していくか?」「本当の豊かさとは何か?」という問いを、農業を通して伝えたいと思っています。
農業には、現状多くの課題があり、後継者不足も深刻だと聞きます。
専業農家をすぐに増やすのは難しくても、自然に触れる方や、一緒に農地を耕してくれる方など、農業に親しみをもってくれる方を増やしていきたいと考えています。自分自身が感じた農業へのハードルを、どんどん下げていきたいと思っています。
2025年の大阪万博に向けても取り組みを進めているそうですね。
今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。大阪の会場と連動しつつ、会場から行ける里山に「オーガニックテーマパーク」を設置する計画を立てています。農業の現場はアクセスしづらく敷居が高い、という概念を覆し、多くの方が気軽に農業を体験できる仕掛けづくりをしたいです。
感性を磨くことが、志につながる。
本校の校訓は「人間をみがく」。子どもたちに一人ひとり志を持ってもらいたい、という想いが込められています。大西さんの会社の理念は何でしょうか?
弊社の理念は「人と地球を健康に」です。先ほどもお話ししたとおり、次世代に残していきたい綺麗な水や空気、自然には、経済指標では表せない価値があります。今、いかにその価値を見つけ、尊重していけるかが問われています。私たちは、価値の再発見を農業で叶えたい。農業は、人と自然を共生させることができる数少ない職業だと思っています。
科学技術の発展だけが未来を支えている訳ではないですね。当たり前のように存在している自然の中にこそ、たくさんの価値がある。大西さんは、その価値の再発見に尽力していることが素晴らしいと思います。お子さんもいらっしゃるそうで、子育てとの両立にご苦労はないですか。
そうですね。子どもは4歳と6歳で、色々な人に協力してもらいながら子育てをしています。子どもたちは本当によく見ていて、私と買い物に行っても、机と椅子があると「お母さんここで仕事していいよ」とか言うんです(笑)。まだ保育園児なのに。
お母さんが未来に向かって頑張っている姿をちゃんと見ているんですね。
近年は公園などの緑地が少なくなり、子どもたちが自然とふれあう機会が減っているのでは、という心配もあります。
農業をしていると土に触れるので、「人は土とのつながりの中に生かされている」と強く感じます。植物は太陽や雨土によって自ら体を作れますが、人は他の命をいただかないと生きていけないわけですから。
そういった感覚は頭で考えるだけではわからないので、「とにかく畑に来て」と言いたいです。自分から進んで体感しなければ、何も感じられない。
私たち教育に携わる者が学校教育を通して子どもたちに教えるべきことは何だとお考えですか?またどのようにしたら、大西さんのように情熱を持ち続けられるでしょうか?
私は「人間は考える葦(あし)である」というパスカルの言葉が好きです。しかし、考えるだけでなく、行動していくことが大切だと思います。ただ考えているだけでは何も生み出せませんから。理想を持つこと、志を持つこと。これはすごく大切で、若い世代にこそ意識してほしいです。そして、それに加えて自分自身の理想・志を掲げて、それに対して発言や行動をする機会を増やしてほしい。まずは行動することです。でも私自身、志がなければ農業なんてつらい仕事はやめていたと思うんです。将来への希望あふれる若い方々が志を持って勉強し、行動したら、日本だけではなく世界全体が良くなっていくはずです。
志を持つためにはどのようなことを意識すれば良いのでしょうか?
「感じる力」が大切なんじゃないかと思います。私は幼い頃からピアノや音楽が好きで、絵を描くのも好きでした。芸術を通して養った豊かな心があったからこそ、課題に対しても率直に感じることができ、行動につながったのだと思います。また、他者とのコミュニケーションの中で感じる力を磨くことも大切です。
その通りですね。私が音楽や美術の授業を重視しているのは、人の感性を育てる上で非常に大きな役割を果たすものだと思うからです。
現在の子どもたちはSNSを通していろいろな情報を得ることができますが、人と人とのつながりは希薄になっているように感じます。世界が自分だけの空間だけになってしまっているのです。世界を広げるためには、実際にたくさんの人と接し、様々なものと触れ合わなくてはいけない。感受性が豊かな時期に、できるだけたくさんのものに触れる体験を提供することこそ、学校の責任でしょう。
感じたことを自分自身の言葉で表現する機会も大切です。表現はやがて、行動につながりますから。「何をやったらいいのだろう」「自分は何が得意なのだろう」と、思い悩むこともあるでしょう。その答えを見つけられるのが学校という場所だと思います。行動することは今すぐ、誰にでもできます。難しいことは考えず、ぜひ、自分自身の想いに素直に従い、行動に移していってほしいです。
もくじ
- 対談9
株式会社プリローダ/日本農業株式会社:大西千晶氏
心で感じ、行動しよう。動かなければ何も生み出せないから。 - 対談8
外交官:吉川元偉氏
語学を学べば世界が広がる。好きなことをモチベーションに学んでほしい。 - 対談7
作曲家:新実徳英氏
曲がりくねって進んでも、好きだから努力できる。 - 対談6
アサヒビール株式会社
専務取締役マーケティング本部長:
松山 一雄氏
「点」はいつか、きっとつながる。 - 対談5
TMI総合法律事務所代表:田中 克郎弁護士
人は、人との交流の中で育つ。たくさんの出会いを経験しよう。 - 対談4
モンベルグループ代表・登山家:辰野 勇氏
自分の「好き」へ進み続けること、それは未来の糧となる。 - 対談3
名古屋大学教授 天野 浩氏
(2014年ノーベル物理学賞受賞)
未来に向かう子どもたちへのメッセージ、やりたいことに挑戦する道を進もう。 - 対談2
森永製菓株式会社 取締役常務執行役員:宮井真千子氏
次の世代の子どもたちに伝えたい、好奇心と挑戦が未来を拓く。 - 対談1
株式会社パソナグループ代表:南部靖之氏
少子化時代の未来を創る子どもたちに贈る人生を輝かせる言葉。